1・中国の旅―旅立ちのとき

 

  •  「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。……。古人も多く旅に死せるあり」と記し、芭蕉は1689年に旅立つ。約2400キロを150日間かけての旅であった。そして、後に「おくのほそ道」として刊行される。

     訳あり、私は1988年から我が家へ監禁され、事実上生計の術(すべ)を奪われている。私の母が2012年末の死亡すると同時に、生業(なりわい)の重要な一つとしていた「旅をテーマとした」著作作成業再開のため、久々に旅立つことにした。
     奇(く)しくも、2012年は私の還暦にあたり、まさに第二の人生のスタートの年となっていた。今度こそ、著作・出版業での起業を目指して。

     一回目の旅は、『旅に心を求めて―懐かしきの心を求めて(鑑真)』完成のため、中国とした。母死亡後の諸整理と儀式のため、翌年の2013年に中国へ旅立つことにした。

     芭蕉と異なり、経済的にどん底にある私には失敗は許されなかった。そこで、旅立つ前に三度に亘(わた)り、中国で写真撮影を失敗しないための特訓を行った。それが、このページに掲載している写真である。

     芭蕉の作品と私の作品が異なる点は、私の作品は文章のみならず、イラスト絵、写真、パソコン類を駆使したオブジェなどの総合プレゼンテーションにある。写真は重要な意味を持つ。



  • (序)―①2013年4月5日(19:47):神戸市南京町
     なお、写真作品にはオリジナリティが要求される。そこで、中国の夜撮影のための技法特訓を行った。まだ行ったことがない、夜中の中国撮影のための特訓場所として、神戸市南京町を選んだ。ここで、幾つも技法確認と新技の開発を試みた。テーマは夜と光においた(姪の結婚式にその技法使用予定であったが、諸妨害で実験できなかった、私のオリジナル技法類である)。それが下記写真である
  • パソコン全画面表示写真→安らぎ英語・世界の民話に期間限定(2016年10月上旬まで)掲載:民話の内容は2016年9月12日~10月上旬は中国特集。

 

 

 

  • (序)―②2013年4月8日(20:13):神戸市南京町
     だが、一つでは駄目であり、最低でも五つ以上を使いこなせねばならない。そこで再度、神戸・南京町で秘技の特訓を行った。


 

  • (序)―③2013年4月8日:神戸市南京町

 

 

 

 

 

  • (序)―④2013年4月8日:神戸市南京町

 

 

 

  • (序)―⑤2013年5月7日(19:36):大阪市難波

  •  それでも不安があり、中国出発の前夜は大阪の難波で、暗闇の中で三脚なしで如何(いか)にして撮るかの実験を行った。特に、絶体絶命下、即ち暗く、しかも被写体か私が動いているときにどう撮るかの研究である。
     2013年の科学技術では、本格作品にするにはISO800が限界とされていた。これでは手ぶれ防止のレンズを使用しても必ず手ぶれする。
     その結果、思いついたのが、ピンぼけ撮影である。ピントを故意に合わせねば、手ぶれ・被写体ぶれの汚さはでない。さらに、幻想性もでる。
     下記写真は手ぶれ防止抜きで、故意にピンぼけで撮影したものである。

 

 



  • (序)―⑥2013年5月7日:大阪市難波

  • さらに幻想的写真の特訓もなした。それが下記である

 

 

  • (序)―⑦2013年5月7日:大阪市難波

 

 

  • 中国一日目(上海から蘇州へ):2013年5月8日

 

  • 江南10都市周遊-1日:大阪~上海~蘇州
  • ①ホテル発→11時頃発。
    ②梅田~関空→12時~13時頃。全日空0153便。
    ③関空→13時頃~16時10分(発)。
    ④飛行中→16:20~18:25頃。(以下すべて日本時間。中国は日本時間より一時間遅れ)。
    ⑤上海空港→18:30~19:00頃。
    ⑥上海レストラン等→19:00頃~20:00頃。
    ⑦蘇州道中→20:00頃~22:26頃。
  • ⑧HOWARD JHONSON WUZHONG BUSINESS HOTEL→22:26~。
    ハワード ジョンソン ウジョン ビジネス クラブ ホテル(蘇州威連豪生酒店)(Howard 
    Johnson Wuzhong Business Club Hotel)


  • 中国一日目―①18時30分頃上海空港に着く
  • 出迎えのバスを見て驚いた。これである。しかも、このバスは跳ねる。舗装された綺麗(きれい)な道ですら、馬の如(ごと)く跳ねる。何度か頭をバスの天井で軽く打ったくらいである。その意味は後に分かった。


 

 

  • 中国一日目―②上海の食堂に案内された
  • 1)旅のメンバーは6人と添乗員と運転手
    2)19時12分(現地時間18時12分)にも拘わらず客一人もおらず。その謎は後に……
  •  食堂につくと、当初、客は誰一人いなかった。なお、私を含めて、旅のメンバーは六人であった。それと別に現地案内人と運転手である。この食堂で、嫌と言うほど訳あり旅を強調された。代金は……「全部で二万九千八百円」、と。
     だが、訳ありという意味は私が考えたのとは随分違っていた。
     某ホテルで「Mr.習近平、Please」と言ったくらいであるから。

 

  • 中国一日目―③:上海から蘇州への移動。:道中は雨

 

 

 

  • 中国一日目―④宿につく。:22時26分ホテル着。
  • この旅ではホテルはどこもよかった。ただし、やはり訳があったが。ホテル名は下記である。
  • ※ハワード ジョンソン ウジョン ビジネス クラブ ホテル(蘇州威連豪生酒店)  (Howard Johnson Wuzhong Business Club Hotel)