1996年の水俣

  •  《1996年11月17日~18日》:フィルム式カメラ(F90X、F401X)→CoolScanⅤでデジタル化
  •  水俣にて。「予約していないため、無理だろうと思っていた水天荘に思いもよらず宿泊することができた。チェックイン後、水俣の街を、裏山に沿った海岸線を車で走る。途中、明水園らしき建物を見る。裏の山道で小雨の中、黄色い小さな花と濡れた木の切り株を写す。その後、水俣の街を鹿児島県に入るまで走る。鹿児島県にもついに足を踏み入れる。目的は昔見た水俣関連の場所探しと水俣の街をくまなく見るためである。尚、雨がかなり降る。水俣関連の詳細は旅行記に記す。夜景は撮るのが少し遅し……」(道中記)。
     夜、旅行記と「水俣再訪」を記す。
  • ※下記写真の内数枚はいずれ巨大で見えるようにする予定。2016年はそれ以上に。なお、水俣の写真で見本程度の巨大写真例は下記。
  • ●一度クリックでPC大、二度クリックで巨大写真→
    写真物語館ブログ・技術編・水俣(写真はいかさま師(1)(現在見本11枚掲載:アンダーラインクリックでGo)
  • ●1996年水俣から長崎の旅全体は→写真物語館・長崎原爆(アンダーラインをクリック)
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  • (1)11月17日水天荘の部屋から水俣の海を写す(夜景)

 

 

 

 

 

 

  • (2)夜明けの水俣:水天荘の部屋から湯の児温泉方面を写す:2017年11月18日

 

 


 

 

 


  

 

  • (3)水俣の埋め立て地
  • ※魚は2016年の再々訪では、水俣でとれた魚を食す。1996年は制限が一部あったが、今(2016年)は大丈夫。

 

 

 


  

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