5:ソウルタワー―夜

  • (5)―①ソウルタワー:2013年12月10日17:22
  • 昼間、ソウルの街を視察し、宵闇(よいやみ)前にかけた。撮影スポットは既に述べたソウル駅、南大門、ソウルタワーの三箇所である。そこで、最後のソウルタワー撮影に向かう。撮影スポットは前回記述した「少女時代」立て看(かん)のある場所である。
     到着したとき(17時15分頃)には、まだ空は宵闇(よいやみ)ではなく、黄昏(たそがれ)に近かった。
  • 写真№13-73-304
(1)アメリカ出発前。

 

 

(写真№15-003-055)
 上記文書を掲載した

  • (5)―②ソウルタワー:2013年12月10日17:32
  • ようやく、空が、宵闇(よいやみ)の色に近づいてくる。
  • 写真№13-73-322-1

 

  • (5)―③ソウルタワー:2013年12月10日17:32
  • 写真は、編集の関係で前後している。
    なお、一番、宵闇頃の良い色がつくのは、24時間中で、わずか5分しかない。
    そこで、この頃と判断するや、撮りまくった。
  • 写真№13-73-314

 

 

  • (5)―④ソウルタワー:2013年12月10日17:40
  •  写るか写らないかの紙一重で、夜の表現にトライした。

     この場所からの撮影に際して、ガードマンか警察らしき人が、ピタッと私のすぐ側(そば)に立ち、私と通行人との間を埋めていた。撮影開始の17:15頃から17:53までの約40分間もである。結論とすれば、これでひったくりなどに遭(あ)う危険性がなく、治安面では安全が確保された。事情が分からないため、当面は、お礼の言葉として記録している。
  • 写真№13-73-325-1

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  • (5)―⑤ソウルタワー:2013年12月10日17:46
  • 何か物足りない。そこで、一か八かで、私の得意技・多重露出にチャレンジすることにした。将来は不明であるが、2013年頃でも、相当難易度の高い技術を要する。昔は、フィルムカメラで、液晶モニタなどの確認抜きでやっていた。まさに博打(ばくち)であった。当たれば大きいが失敗すると見られないという危険技である。現時点でも、多重露出が終了するまで事実上モニタでの確認はできない。同時に、頭でいろいろ計算するため、大変疲れる。重労働の後の如く疲れるのである。
     撮った後で、レタッチで合成という手もあるが、現時点ではレタッチでの合成よりも、多重露出撮影の方が綺麗(きれい)なのである。

     この後、17:53頃、この場所を後にする。
  • 写真№13-73-355-r2

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  • (5)―⑥ソウル駅:2013年12月10日18:06 30秒
  •  ホテルへの帰路、相当暗いが、ソウル駅を手持ち撮影をした。A3ノビやA2サイズにしても画質が維持できる範囲で写せた。
  • 写真№13-73-355

 

 

  • (5)―⑦ソウル駅:2013年12月10日18:06 40秒
  • この時間帯は、手持ちなどでは分単位、秒単位で撮影可能かどうかが変わるため急いで写した。
  • 写真№13-73-357

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  • (5)―⑧関空への飛行機内より撮影:2013年12月11日09:26
  • この日、午前5時前にホテルを立つ。この日は雪が降っていた。転倒ほか、いろいろあったが、それらは拙著『日本のフィクサーME・パート2』で記すことにする。
     同時に、「日本のフィクサー」シリーズは、本年で打ち切り、その後は「旅に心を求めて」シリーズや「生命への畏敬(いけい)」シリーズのみとしたいと考えている。
     私が政経にかかわったのは、私の置かれている境遇を何とかするためやむを得なくであった。同時に、専門が政治学のため、それで食っていくかもしれないためでしかなかった。
     政治という泥臭い世界とは早く縁を切りたいが本音である。
  • 写真№13-75-014

 

 

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  • (5)―⑨関空への飛行機内より撮影:2013年12月11日10:17
  • 『旅に心を求めて・不条理編パート2』で安重根と伊藤博文を取り上げる予定でいた。そこで、ソウルにはいつか行かねばならなかった。ましてや、少女時代が日本にきたときに、彼女らに安重根義士記念碑を参りに行くと約束していたのだから。
     しかし、私の置かれている境遇では、金銭問題以外でも、私だけで判断はできない。海外については、原則として、相手国の同意があってから行くという方針を、1995年のタイ訪問以降は立てている。相手国の同意を何でみるかは、当面は金銭などで判断するしかない。今回のソウル旅行では、2013年11月に、突如ソウル飛行機代等往復旅費、現地移動費、ホテル2泊分込みで7800円をつけてきた。そこで、ソウルに来いという意味かと考え、ソウルを訪問した次第である。もっとも、ホテルを安重根義士記念碑の近くに変更したり、村の会議の関係で日程を高い日にしたりで、これよりは多少高くなったが。
     
     このときの旅では安重根記念碑に参っただけの旅であった。それと、ソウルタワーを写しただけであった。キムチもソウルの食事もお預けである(主として、言葉の壁問題から、コンビニのパンである)。また、事実上、安重根記念碑にしか行っていない。それで良いのかもしれないが。だが、韓国とはどんな国なのかすら分からなかった。

     そこで、いつか再度韓国訪問を夢見ている。現政権下でもよいし、次期政権下でもよい。私の方はどちらでもよい。原稿の関係で訪問しなければならない国や、国内でもそうした地は山積しているが、予算の関係でどうなるかは私には分からない。

     何かのシグナルがあったときに検討することにしよう。ソウルに行く前に、日本の銀行で1万円をウォンに両替したが、ほとんど残っている(ざっと今みても六万数千ウォン以上残っているが、円には両替していない)。ソウルでは(言葉の壁問題などから)三日合計で三千円もつかっていないのだから。
     超多忙なこと、次にどの原稿を書くか、韓国の都合……などでどうなるかは神(仏……)のみぞ知る、でしかない。
  • 写真№13-75-057

 

 

 

※李明博前大統領誕生地、コリアタウンなどの写真は、2016年5月2日より掲載中である。

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